筆蕾墨華
(ヒツライボッカ)

筆蕾墨華(ひつらいぼっか)

筆は華の蕾(つぼみ)の形をして
墨に浸される時を
待っている
墨を含んだ筆先は
絹の上に着地して
莟(つぼみ)をふくらませる
画家の心と手が
墨を含んだ筆先とともに
絵の苗を育てる
絹の畑を耕すように
やがて
水墨の花畑を繰りひろげる
筆の蕾が
墨の華を
咲かせる

木下長宏

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このウェブサイトの標題である「筆蕾墨華(ヒツライボッカ)」は、2010年の京都祇園の俵屋画廊における大型新品『天女来図』の披露に当たって、美術史家の木下長宏氏(横浜国立大学名誉教授)によって画家としての三浦ひろみに贈言された詩句です。以下、その際の寄稿文全文です:

10年前から、三浦ひろみは、画面いっぱいに溢れる花の絵を描き始めた。それまでは、女性のしなやかでつつましい裸体を描いていたが、急に画風を、主題と描きかたまで変えたのである。そして、今春、三浦ひろみは、また、新たな変貌をその画面に披露する。六枚の屏風仕立て可能(全5.4m)画面には、六人の少女が舞っている。少女たちは、まったく現代のコスチュームをしている。天衣が舞う。大きな蓮の葉をもつ少女、蓮の花をもつ少女。その舞ぶりは、アイススケートの踊りのようである。小鳥たちが少女に絡むように花の莟(つぼみ)をくわえて飛んでいる。葩(はなびら)が舞う。影が這うように走っている。よくみると、東京の街のシルエットである。

 三浦ひろみの新作は、東京の街を訪れる現代の天女たちの図なのだ。きっと、三浦ひろみをよく知っている人ほど、この変貌に、驚くだろう。と同時に、この《天女来図》が、墨と筆で、ていねいな筆使いで描きあげていること、蓮の葉に見られるたらしこみの技法、少女の肢体や花弁や葉を象る情感のある描線に、いつも変わらぬ三浦ひろみを見てとる人も多いだろう。

この何年か、彼女が取り組んできた大きな花の絵は、ただ花を拡大しているだけでなくて、花弁と花弁のあいだから別の花が生まれてくる、うねりのある花弁の姿だった。なにかが生まれようとしている予感と律動を、三浦ひろみはその花によって描こうとしてきたのである(その意味では、それらの絵のテーマは「花の変貌」である)。そして、いま、この《天女来図》は、その変貌する花の予感から咲き出た新たな花ではないか。

 こうしてみてくると、三浦ひろみの変貌は、やみくもな方向転換なのではなくて、それまでの自分の画業を真剣に問いつめ、そこから新しい道を踏み出そうとする必然性のある変貌だったことが納得できる。

 その変貌には、彼女自身の生きかたへの問いが、一つの大きな導因になっているだろう。そして同時にそれは、彼女が画家としての道を選び、墨と筆で絵を作るという伝統を大切に学び育てようとしてきた、「絵を描く=絵筆を執る」ことへの真摯な心構えが、自ずから生み出した結果でもある。

 三浦ひろみの絵は、日本における会がの伝統を現代に活かそうとする絶えざる試みといえよう。三浦ひろみの仕事は、まだまだ、変り続けることだろう。変り続けることによって変わらない絵を産み出してくれることだろう。その筆先の蕾から、水墨(すみ)の華が開く。